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On the table





On the table

Kiyoshi matsui exhibition

6月10日(月)ー6月15日(土)

12:00〜19:00(最終日−17:00) Gallery-58

4年ぶりの個展です。月曜の午後以外はだいたい在廊できそうです。どうにか、見に来てよかったなって、展示になればいいのだけど。



 
R.b.kitaj レポート
R.b.kitaj レポート

 

 寡黙そうな表情をしたkitajさんはいったいどのような画家だったのか僕の英語力ではすべてを知ることができないのだけど、僕がどのように感じているかをまとめるためにドイツで開催された回顧展に行ってきました。 ベルリンのjyuolish museamはすこし寂しい雰囲気の建物と冬の寒さが合わさってさらに寂しさを演出しているかのようでした。  

 まず、kitajさんの魅力を支えているのは圧倒的なデッサン力につきると思うのですがそのデッサン力が時期によって大きく画家の表現の足枷になったりするのが、画家として評価が難しくなっている理由のひとつにもなっているように思います。 Kitajさんの作品は大きく勝手に分類すると3つに分類されると思う。  

 1つ目の時期は構成時代。初期にあたるこの時期は構成力とデッサン力が一番バランスのとれていた時期で、この時期の絵を好きな人は多いのではないでしょうか。       
 ひとつ大きな特徴は筆にオイルをつけずにこすりつけるようにしてかすれた表現を多用して全体的にマットな表面の仕上げにしています。デッサン力があることで一発描きで下書きの線を元に仕上げていきます。下書きはきっと細めの木炭で描いていたので、年数をかさねて木炭がキャンバスからはがれ落ちている箇所が目立ちます。この時代の大きな発明は自分のコラージュした写真を再構成してひとつの画面にして、キャンバスの四角い画面の空間からの離脱がテーマにあったと思います。    
 1つのキャンバスの中で違うサイズの作品が共存することでキャンバスと言う概念からひとつの壁と言う概念で平面を扱い空間にひろがりをみせようとしていることが見て取れます。またキュビズムの影響(といってもマティスとピカソを良く研究していてる)をうまく構成に用いて立体的に見えるところと平面的に見えるところを共存させて絵によっては完璧なバランスで作品がなりたっている。また、kitajの特徴としてメッセージをつめこみひとつの物語として画面を構成していて、視線をなんども循環させつつ、絵にかたらせてくる。    
 
 さて、Kitajのこの一連の作品は人を感動させるかというと、答えは否定的になってしまう。なぜなら、あまりに説明的すぎるし、色彩感覚や構成力はすばらしいのだけど僕が考える油絵の魅力である絵具の重層的な表現があまりんも少なすぎてペラペラの色面に見えてしまう。上からもう一色色を重ねてしまいたいとさえ思ってしまう。否定的なことを描いてしまっていますが大前提としてこんな絵をかけることはすごいのだけど。そして、コラージュで構成されている画面の魅力は、ものを収集する癖がある人にはよくわかる良さだとおもう。  
 しかし、絵画の魅力、特に油絵の具の魅力と言うのはそこではないのではないかというのが最近の僕の考えです。特に近代、パソコンである程度なんでもつくれてしまう時代では、kitajの初期の絵はひょっとしたらパソコンがあればすぐにつくれてしまう部分もあるかもしれない淡白な色彩に見えてしまう。当然、先駆者として、手描きでそのような表現に到達しているkitajはすごいのだけど。  



 次は2つ目の時期はしみ込み時代です。  
今まで普通にキャンバスに地塗りをして使っていたのを生のキャンバスを使い目処めをしていないのでどんどんしみ込む表現を使い始めます。 僕の確信に近い推測ですが本人も色の淡白さの解消を課題においてしみ込む表現で色彩(空間)の問題を解消使用としたのでしょう。  
 この時代においても安定したデッサン力で素晴らしい作品を残しますが、残念ながらこの表現方法も本人の資質とうまくマッチングできていないことの方がおおかったように感じます。と、いうのは、人物をしっかりデッサンするのはいいことなのですがしみ込む絵具をコントロールしたいがあまり人物の輪郭が固くなり、せっかくすばらしい線がかけるのにその要素が台無しになってしまっているように思います。また、キャンバスがきっと生のキャンバスで滑りが悪いのでどうしてもはやい線が描けないので線は木炭で引くことがおおくなり線が動きにくい表現になっているような気がします。

 

  さて、そこでkitajが考えたのが第3の時期である「スロトーク」の時代です。 たぶん後輩だと思ってたホックニーが爆発的に売れ、その影響を受けてしまった時代だと思います。この2人はロンドンで先輩、後輩だった関係がホックニーがロスに移住してから逆転してしまった気がします。しかし、kitajに影響されていた時代のホックニーの作品のほうが僕は好きなのですが、、。  
 この時期から大胆なストロークで輪郭線を無視して勢いで描き始めます。この時期も最初の方は良かったのですが年齢とともに集中力もおちはじめ、今までの画力をささえてきたデッサン力が崩壊していきます。たしかにデッサン力を捨ててひとつの表現に突き進むのであれば良いのですがkitajさんはまじめすぎて今までの自分を引きづり続けます。と、ここからは悲劇としかいいようがない作品が続いていきます。きっちりとした構成も無く、デッサン力も崩壊しつつ、色彩もなぜかコントロールできなくなってきて。晩年にはアルツハイマーを患って。    
 しかし、僕は感動に近いものを得たわけです。全くうまく画面をつくれていなくても常に自分を高めようとしていく結果であることに。  画家には自分のスタイルに満足してなかなかそこから変化できない作家もいるけれどkitajはつねにすこしづつだけど前に進もうとしている感じとその進んだ先でうまく行かないままなところも心にしみました。まだ、余りに体力のない晩年のkitajの味わい方がうまくわからないけれど、どんな世界をみたかったのかは理解できたし、さらに先の表現の可能性を感じました。
  
 




happy new year 2013
踊る大捜査線 Final
 さて、みてきました。踊る大捜査線。もう、泣けた、泣けた。非常に個人的な感想なので映画ファンともまた違ってしまうのは当然で。  

 脚本がひどいとか酷評が多いけど、はっきりいって裕二映画にそんなこと求めますか?映画としてのクオリティーをもとめます?求めていたらララララ somebody tonightって最後にながします?もう、つつけば、あらだらけなのはわかってます。  

 裕ニ映画を楽しく見るこつはブロンソン映画に近いのでは。ストーリーなんてどうでもいい。愛する人を守ればよし。っていう。当然、僕が言い続けているメル・ギブソン映画に近い。メルの好きなエピソード、自分が禁煙したから映画でも禁煙したと言う設定(リーサルウエポン)に近い。ようするに裕二が走ればオッケー。そして、決め台詞のハニカミ口調。そこでの泣きの音楽。「まってましたー」とか「でました裕二演出。」と言う感じに過剰な決めを楽しめば最高のエンターテーメント。やりすぎ、くさすぎ、もう勘弁してくれのオンパレード。 でも、不思議なことに裕二は時々、本当に泣かせる。  


 分析として村上春樹と織田裕二は近いのでは。それぞれに理想の小説、映画があるのでけど、うまい作家、役者ではないので理想に追いつかないけど一生懸命がんばっているところがいい。村上春樹があつく自分の意見を書くときって文章が滑っている感触が僕にはあって、裕二が語るときもすごく台詞がすべる。  

 さて、今回、裕二はつねに最高点なのでおいといて、深津絵里、再発見です。 深津絵里が一番かわいらしく見えるのは不思議なことに織田裕二と共演しているときです。 さて、また分析。深津絵里、はっきり言って織田裕二と友達にもならないような人だと思います。 でもこの2人。じつは根は一緒なのかも。表現方法が違うけど、ファン層も違うけど、じつは似ているのかも。 この深津絵里。走っているだけでオッケーです。演技のくささもすばらしい。で、なにより、声を大にして言いたいのがタートルネック再発見です。タートルネック万歳!!!!万歳!!!!タートルネック万歳!!  

 スターウォーズファンでもある僕なんだけど、スターウォーズなんて突っ込みどころオンパレードですね、宇宙で音がするのか?とか、クマが帝国軍倒したり。でも、ライトーセーバーがブーーーーンとなったらすべてオッケーで。僕の一番好きなのはエピソード2ですけど、今は。僕も野原でナタリーポートマンとじゃれあいたいです。

 と、話が脱線しましたが、裕二感染の症状を悪化させて下さい。織田裕二ほどまともそうに見えてちょっとおかしな人はいないと思う。みるべきところはそこです。いつでも過剰。よく言えば一生懸命。そういう押し倒すような過剰さを肯定したいと思います。  

 おまけ。桐島部活やめたってよ。の野球部をやめた子(名前わすれた)がじつは裕二。たぶん、ある程度器用だし人気もある高校生活だったろうけど、根が暗いからうまくなじめない。自伝の脱線者をよむと怪我をして自殺しようと思ったという文章があるけど、そんな暗いエピソードもネタにしかみられない裕二の不幸。実像がみえないひとなんですね、裕二って。ああ、裕二。ファイト、裕二。これからが勝負ですね。応援してます。 久しぶりに文章を書いたので、ちなみに今年のベスト1映画はスパイダーマンです。映画の内容忘れたけど、女の子の描写がすばらしい。さすが、マーク・ウェブ。

 僕が言いたいことはたぶん桐島部活やめたってよ。の映画であのパーマはまともでけっこういい奴だし、主演の映画撮ってる子もあんな協調性のなさを開き直って肯定するなよってとこです。    
みんなでつくろう! こどもの切り紙 そらのぼうけん うみのぼうけん
ようやく発売になりました。
こどもの切り紙 2冊同時発売です。
9つの扉絵と挿絵を描きました。
是非、手に取ってみて下さい。

amazonのリンクはこちらから→ そらのぼうけん うみのぼうけん
 




ガーリースタイル 




矢口加奈子 企画展示販売 

ガーリースタイル〜新宿乙女雑貨店〜
伊勢丹新宿店本館5階ザ・ステージ#5


3/14(水)-3/27(火)

2週間、新宿伊勢丹で開催しています。
お近くにお越しの際は是非覗いてください。
よろしくお願いします。



happy newyear 2012


正月飾り
 

 正月飾り。
 いままでアパートだったので、まあ、いいかって感じで特に何にもしていなかったのだけど、せっかく引っ越したし玄関ぐらい飾ろうと思ったものの、関西と関東で飾りのかたちとか違ったりなんだかややこしい。  
 いろいろデパートやら近所やら見に行くものの、デパートはとにかく派手。近所はシンプルにしめ縄と、なんだかなあっと。まず、何処で燃やす?神社?お札とかもらいに行ったことないし、こんなときだけ神様のお世話になるのもなあっと。  
 結局つくることにしました。家にあるもので適当に。これなら簡単に処分できるし。

 来年はいい年になりますように。

福市 〜慶びを添えて〜
福市 〜慶びを添えて〜 

沢山のことが起こった2011年の最後の6日間切り紙をモチーフにしたKANAKO YAGUCHI Kirigami worksの作品を初出展の日本橋にて展示販売致します。 師走の慌ただしいときではございますが来る年にひとつでも福をお届けできますように

三越日本橋本店 本館5F スペース#5

2011.12.26(月)〜31(土)

営業時間10:00〜19:00 *諸般の事情により営業時間が変更になる場合がございます。 03-3274-8935

Thurston Moore
 
 
 CDプレーヤーのレンズの寿命で、ときどき音が飛ぶのだけど、このごろいろんな音楽を聴くことに忙しくあまり外に出ることなく部屋で音楽ばかり聞いております。アマゾンさんが毎日のように届けてくれる音楽は旅行しなくても世界旅行だなと思うのだけど、N.Y.にはあこがれというかいろんな音楽が集まっていた時期があるのし今でもいろんな可能性を感じさせてくれる都市なのかと思う。  

 昨日はThurston MooreのソロアルバムとFINIA ALL STARSのライブが届いた。どちらもN.Y.発。僕は長い間ソニック・ユースのファンだと思う。ときどきしか聴かないしときどき聴きにくいアルバムもあるけれど。ソニック・ユースの魅力は、僕の中ではギターのThurston Mooreさんのたたずまいなんだと思う。変わらない。もう56歳らしいけど、印象や方向性が一貫している。アート・ワークも素晴らしい。いち早くリタ・アッカーマンのドローイングをつかったジャケットのファーストソロのアナログレコードなんてときどき出して眺めたり。アナログに直接彫られたドローイングはびっくりしました。

   
   

 と、今回はbeckがプロデュース。このごろのbeckは、プロデューサーとしての才能を発揮している気がする。シャルロットとのコラボもよかったし。今回もThurston Mooreをうまくコントロールしてpopの枠に収めている。全編アコースティック。beckはたぶんきまった枠に収めるのが天才的にうまい人なんだなと思う。なので自分の作品は枠に収めすぎてしまって最近の作品は少し悩んでいる気もするけど、今回のThurston Mooreをプロデュースしたことによって自分にフェィードバックするのだろうなって、音楽の話なのだけど美術の話のように感じる。お互いに友達が影響し合う感じが。たしか、リタ・アッカーマンもバンドをしていて友達なんだと思う。    

 さて、それと最近はめっきりサルサです。すばらしい。FINIA ALL STARS。レーベル40周年記念でリマスターで音がクリアーで最高です。サルサについてはまた今度。