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イラストレーション
 イラストレーションの仕事と油絵の制作の違いというと、僕の場合はあまり絵が変わるという訳ではなくそんなに違いは感じていないのだけど、決定的な違いはお題を誰が出すか?という点じゃないかと思う。お題があって描くのは、難しく考えないので絵に集中できるので楽しい。  
 イラストレーションの場合と油絵の制作は今のところいい関係を築けているかなあと思う。イラストレーションの方はなるべくわかりやすく油絵の方は自然とわかりにくくとなってしまうのだけど。  
 今月、公開されているアナ・ウィンターのドキュメント「ファッションがおしえてくれること」のためにイラストを描いています。靴とか鞄とか、パンフレットにも少し使われているみたいだけど。  
 それと来週、創刊される「ユリシーズ Vol.1 Crossbeat 2010年1月号増刊」 で連載が始まります。季刊誌なので3ヶ月ごとだけど。「check the wardorobe」という連載で、ミュージシャンの洋服を取り上げています。よかったら、見てみてください。

 「ファンションが教えてくれること」
 アイコンをクリックするとちょこっとイラストが使われています。
 http://www.fashion-movie.jp

ユリシーズ Vol.1 Crossbeat 2010年1月号増刊
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3700899
ゴーギャン考察
 

 中学生のころ、ゴッホがすごいなあと思っていたのでゴーギャンは嫌味なひげのおじさんという印象(完璧に悪人顔。)と、タヒチのシリーズの怖い人物という印象で、苦手な印象を持っていました。
 でも、すこしづつ実際、ゴーギャンの絵を美術館の絵で見るようになって僕の印象は変わってきていた。 と、言うのは、ゴーギャンという人は、常に課題を持って取り組んでいるのが伝わるし、計画性のある画面展開を感じて、じつにまじめな人なんだなあと印象に変わってきました。

 ゴーギャンの歴史を振り返ると、もうむちゃくちゃで、僕はゴーギャンのことを好きでない人もこの勝手な生き方を見るとすこし見る目が変わるのかなあと思いました。
 水夫になったり、海軍に入ったりとしつつも、株式取引所で働きながら株で儲けて、当時の印象派の作品を買いまくりつつ、自分も描き始める20代、30代。25歳で、結婚して子供5人。2年に1人のペースか?すごいなあ、なんか。

 すこしづつ評価されてくるものの、要するに印象派を勉強しましたという感じ。でも、この時期、いろいろ吸収している時期で、単純に良い絵だなあと思える作品が多いのもこの時期だと思う。でも、すでに生活面でむちゃくちゃな感じが出ています。株で当てる画家って、すごいバランスだなあと思う。 

 35歳で働くのをやめて画家としてやっていこうってことになるんだけど、やっぱり暮らしていけずコレクションしていた絵をうりまくる。子供を姉に預けたり。むちゃくちゃですね。
 さて、40歳で、ゴッホとの共同生活を送るのだけど、ゴーギャンは勉強家なのか、強くゴッホの影響を受けるところがまじめだなあって感じです。この時期の線はつよい輪郭線がめだつ。色彩も鮮やかになってくる。たった2ヶ月の共同生活だったけど、得るものが多かったのはゴーギャンのほうかなあっと思う。
 そして、タヒチへ。いろいろ理由はあるのだろうけど、キリスト教に解する疑心が大きなテーマとなっていくのだろうけど、タヒチで、愛人つくりまくりです。いいのかなあ。子供も現地の女の子とつくったり。もう生活のことを書き出したら最悪。本人は最高か?

 でも、ここで僕が注目したいのは、ゴーギャンの色彩です。変なきのこを食べたか、葉っぱをすったか、急にサーモンピンクが、目立ちます。このピンクが気持ちが良い。たぶん、タヒチの風土に、楽園を見たんでしょうね。
 勝手な推測だけど。気持ちよさに走って、開放されてたんでしょうね。相当よかったんですね、タヒチが。
 
 と、僕は、ゴーギャンと言う人が、気難しいひげおやじという印象より、快楽を求めて突き進む、じつは陽気なおじさんだったんじゃないかなあっと、いう気がします。人から見て陽気ではないけど、本人のテンションは上がりっぱなしな感じで。そして、ゴーギャンって言う人は絵とのコミュニケーションはもてても、人に対してうまくコミュニケーションが取れなかったんじゃないかなっとおもう。だから、構えてしまって皮肉を言う。それで快楽に走る。そんな人な気がします。

 タヒチの空の下、全身裸で絵を描いて、女の子に囲まれて、あーこりゃこりゃ。パリにいる家族はどこえやら。こんな画家、好きになれますか?僕は結構信頼できます。絵を描く以外はどうでもいいのですね、きっと。  


 ゴーギャン展、7月はガラガラだったという噂を信じていったものの、8月末はそれなりにっという感じでした。並ぶことはなかったけど。
 今回の目玉はボストン美術館の大作「我々はどこから来たのか?我々は何者か?我々は何処に行くのか?」です。ボストンまで見に行こうかと考えていたので、ついてるなあって思いました。まさかの展示です。大きさは、横4メートル弱。
 この作品のあと、自殺未遂をした気持ちはすこしわかります。この作品は、これまでの作品を構成しなおして、一枚にまとめた作品なんですね。いろいろなこれまでの絵の要素がすべて、つまってる。

 確かに、この作品が来るのなら、美術館側が外に並ぶためのテントを設置していたり、会場の椅子、ソファーがなかったり満員を期待した気持ちはわかるのだけど、残念ながらゴーギャンってそんなに人気がないんですね。ピカソで言うと、ゲルニカレベルの作品なのに。

 どうして、日本で受けないか?っていうと、やはり、まねしにくいしからかなあっと。それと、手軽ではないんですね。どちらかというと、有色人種の人物像って、抵抗があるのか?僕は勝手に、ソウルミュージックを聞いている感覚なんだろうけど、このグルーブ感は、美術館に来る人には、すくないのかな。ゴーギャンの絵はグルーブ感があるのだけど。

 画家にはいろいろなタイプがいると思うのだけど、まさにホームランバッターもいれば、打率の良い画家もいて、ゴッホは、アルル時代はもう常にホームラン。ヒットも量産。それに対して、ゴーギャンは、常に打率は残すものの、渋いヒットが多いという感じかとおもうのだけど、最後のホームランが今回の「我々は〜」だと思う。
 絵を本格的に描き始めたのが30前後という遅咲きな感じだけど、やはり、ポイントとなるのはアルルのゴッホとの共同生活のときだと思う。 やはり、ゴッホの影に隠れてしまうものの、良い作品を残している時期だと思う。ゴーギャンにとって、ゴッホは近づきたくないけど、近づきたい人なんだと思う。  

 もし、2人がうまくいっていたら、すごいことになったんじゃないかなあっと思う。ゴッホの爆発力にゴーギャンがたじろいでしまったんじゃないかなあ。ゴッホがゴーギャンの構成力や思想的な面に惹かれる気持ちもわかるし、ゴッホの描き方はスランプにおちいる気持ちもわかる。ゴーギャンはゴッホの色彩、輪郭線、それからの作品につながるものを吸収している気がする。でも、根っこのところは似てたのでしょうね、この2人。ゴーギャンはゴッホの弟のテオ君から、お金をもらえるから一緒に住んだみたいだけど。  

 では、ゴーギャンは絵で何を言いたいのか?解説などを見ると反キリスト教であったり、大作のタイトルにしろ、哲学的であったりするのだろうけど、今回、ゴーギャン展で、描く側から、観る側になり、感じたことは、感動する絵って、そういう言葉や思想はおまけのようなもので、視覚的なイメージが心を揺さぶるのだなあってすごく思った。

 絵を見たときに、「わぁーーーっ」と高揚する感じ。色彩の美しさ。構成。もう全部かみ砕いて、「わぁーーーーっ」っと、感動する。
 でも、その哲学や思想のない絵は嫌いだけど、言葉は描く側のものであって、決して観る側のものではないのだって言うのがつくづく思いました。どうでもよくなる、言葉は。体で感じたいなあ絵は、と、忘れがちなことを思いました。  

 ゴーギャン展。心に残る展示でした。でも、ゴーギャンはやはり、絵の中で顔になる部分を作る傾向があるので、僕は人物より、周りの景色のほうが好きです。
 人物でも風景に溶け込んでいるものが好きで前景に顔(主役として)たっている人物はあまり好きになれない。やはり、いかに風景と溶け込ませるか?とおもいました。
 
 また、地面がすばらしい。まだらな、迷彩のような模様がからみあっていて。本当に、ゴーギャンは地面の画家だなって、声を大にして言いたいぐらい。あまり、そこに注目されないのだけど、地面をよくみたら、色がよくこねられてまざりあっている。
 それと、一番向うに抜ける景色(海や空)を描いているものが多いのだけど、その色彩が気持ちが良い。昔の絵の具は質がいいのかなあとおもいます。 

 残念ながら、ゴーギャンの図版の写真はやはり、ゴーギャンの色彩がうまく出せてないのだと思う。図版のイメージは、ぜんぜんよくない。実際のほうが、色彩のハーモニー(恥ずかしい言葉)が美しい。人物のオレンジもほんとうに、きれいだなあって思う。図版で損をする画家って、最近いないんじゃないかなあっと思うのだけど。残念ながら、家に帰ってカタログとか見てると、すこし嫌いになってくるのが不思議です。絵画は生ものでした。
G.I.Joe
 

 絵を描くときのモチーフ選びはなかなか難しい。選ぶモチーフによって、すごく意味が出てきたりするので慎重に選ぶ必要があるかもしれない。雑誌のスクラップを何年も続けていて(いまどきスクラップ帳にのりではっている)のだけど、写真をもとに制作するのには限界がある。
 
 と、言うのも写真をつかうと空間の捕らえ方が平面的になってしまう。うまく自分で空間を消化できればいいのだけど、気を抜くととても平面的になってしまって。とくに、僕はこのごろキャンバスをねかして描いているので、レイヤーを重ねていく感じでより平面的になる傾向があるので、これはまずいと思い、実際にものを見て描こうと思った。 

 「人物を描く」というテーマを自分で勝手に自分自身に与えてから、身近にある人物というのは自分自身で、自画像をひさしぶりに描いていたのだけど、結局自分自身を描くというのには僕は恥ずかしいなあと思ってしまって。  では、どのような人物画をみたいかっと客観的に思うと、見る人がその絵に「共通する何か」を感じることのできる絵がよいと思うのだけど、その人物を限定してしまうと僕の場合は変に感情が入ってしまってかっこつけて描いてしまうので、まったく関係のない切り抜きから人物をピックアップしていたのだけど、小品ならまだしも、大作となるとどうしても平面的になり、身近な人物って何かなあと考えていたら、家にいっぱいありました。
 
 というのは、人形を描けばいいじゃないかなあと。たぶん、いろんな人がこういうことをやっているのだろうけど、そこは目をつぶって、G.I.joe を描くことしました。人形は好きなポーズをとってくれるし、動かない。なんていいモデルだなあと。と、客観的にみたら、すごくおかしなことになっている。机の上でポーズさせて、それをデッサンして、水彩絵の具でいろをつけて、最後にデジカメで写真をとる。
 はじめは服を着せていたのだけど、服はいらないなあと思いヌードデッサン会。あくまでも、本人はまじめにやっているのだけど、ちょっと冷たい目線を同じ部屋から感じるけど。絵描きの人に見せたくない部分です。   

 
 フィギア、人形コレクターの人は最近あまりいないのかも知れないけれど、僕はたくさん集めてしまいます。でも、集めるといっても90年初頭ぐらいのものまでで、最近のものはあまり買いません。どうして、最近のものをあまり集めないのかというとそれはやはり、リアルすぎる(最近のものは技術的にもすごいです)というのがひとつの原因になっていると思います。  

 人によってはリアルで何が悪いというかもしれないけれど、リアルなフィギア、人形というのはこちらの想像する余地がなくて実際のものの小さなサイズというものを目指していて、僕にはあまり面白くない。あくまで、僕は不器用なつくりのものが好きで。おもちゃはおもちゃであって欲しいわけです。   

 ぬいぐるみとかも好きで買ってしまうのだけど(最近はあまり買っていない、まずいでしょ、社会的に。でもぬいぐるみ売り場にリサーチにはいく。これは、もっとよばいね!)、ぬいぐるみのよいところは、実際のものからかなりディファルメされているところです。だって、リアルな熊の人形で遊ぶ人ってあまりいないと思う。  

 でも、小さな子供(2、3歳)を見ているとぬいぐるみも実際の熊もあまり差がないのが面白い。本当に、熊と遊んでいる気持ちになっているし。でも、大人になって考えたら、リアルではない部分を自分で補っているのだなあっと。たぶん、その想像の部分というのが大事な部分で、ゲームソフトのドラゴンクエストとかもあの平面的な部分で自分がたたかっている部分を想像していたのだと思う。今回のドラクエ9は、戦いのシーン、実はいらないのではないかなっとおもう。3Dは想像力をつかわなくていいので。  

 と、想像力が入り込む要素というのが、よい絵というものにも共通しているのではないかなと思う。よい絵、たとえば「ガンダム」はいい絵だなあとおもう。とくに大河原さんの絵はデッサンも狂っているけど少年時代になんてかっこいいんだっと感動した。CGで、描いたらあんなかんじにはならない。と、絵画が生き残っていくには、この想像力って言うのがポイントになるのだと思う。それで、人物画というものも、想像力が必要だなあっと。
「みずのガラス」
幼馴染。 僕は、もう東京に住んで14年目なので、大阪の友達はほとんど連絡が取れなくなってしまっていて、地元の友達も、高校から私学に行ったので、何をしているのかも知らないし。 まさか、僕に幼馴染がいるとは。っと、自分でもびっくりしています。 と、いうのは、その幼馴染の彼女とは、  小学校4年生のころ絵画教室で出会い、仲良くなるものの、負けん気の強さで張り合う。  中学生で、同じ中学校になるものの、おたがい警戒しあい、おんなじクラスになることもなく別れ。  高校2年生のとき再開。同じ予備校に通うものの、僕のいい加減さにあきれ喧嘩。  それから、何度か顔を合わせるもののなんとなく話すこともなく別れ。  一昨年、共通の知り合いの結婚式で10年ぶりに再会。  二人して、あやまり、仲直り。と、なんとなく小さいころから知っているぶん、素直になれなかったのが、うそのように仲良くなりました。    と、その彼女はガラスをやっています。それが、とてもいい作品をつくっていてびっくりです。今回、西荻窪で展示というのでちょっとはりきって見に行きました。ちょっとづつ、我が家には彼女の作品が増えていっています。  今回はグラス。つるっとしたガラスにザラっとした質感が模様のように入っていて、手に持った感じがとてもよくて。    幼馴染が、自分がいいなあと思う作品をつくっているというのは、本当にうれしいし、ちょっと、プレッシャーにもなり、末永く付き合っていきたいなあって思います。  お近くの方は是非。7/26日まで、開催しています。 幼馴染は新田佳子さんです。
 http://www.mizunosora.com/event.html
2009/07/11(土)〜2009/07/26(日)  「みずのガラス」 adress:東京都杉並区西荻北5−25−2 Tel/Fax:03-3390-7590

晩御飯は、ムーハンで。最高においしい。 http://www.mu-hung.net/index.html


 


わたしのかえり道





 最近、ネジが緩みっぱなしで、いろいろなお知らせを延ばしっぱなしです。と、ぼくは、近頃何をやっているかというと、スターウォーズ旧3部作をずーーと、繰り返し見ています。まだまだ、フォースの力が弱いですが、もうすこしで、鉛筆くらいは浮かばせることができそうです。

まず、お詫び。
個展のDM、届かなかった方々、すいません。100%僕のミスです。ギャラリーのほうに戻ってきていました。
それと、絵本、贈るよっといいながらも、届いてない方々すいません。いろいろ配りまくっていたら手元になくなってしまって、今週末に届くように贈ります。

そうです、絵本が出ました。いま、その原画展が丸の内カフェというところでやっております。

切り紙のじかん わたしのかえり道 (秋田書店)矢口 加奈子


KANAKO YAGUCHI KIRIGAMI WORKS Exhibition
「物語の中へ・・・」 at 丸の内カフェ


「物語の中へ・・・」 at 丸の内カフェ
期間:2009年7月6日(月)〜7月26日(日)
8:00〜21:00(平日)/11:00〜20:00(土日祝)
節目の時間を大切に、また元気にお会い出来るのを楽しみに頑張ります。

尚、期間中、23日には一回限りの特別なワークショップも開催します。
お問い合わせ、お申し込みは丸の内カフェへ
東京都千代田区丸の内3-3-1 新東京ビル1F
TEL 03-3212-5025
E-mail event@marunouchicafe.com
協力:秋田書店
主催:三菱地所株式会社
企画運営:株式会社イデー


とのことです。
今年の冬は遊びを断りつづけ、絵本の制作をしていました。
僕は構成ということになっています。本当は、ジブリっぽく、演出、レイアウトってことにしたかったんですが。

実際何をしたかというと、宮崎駿のドキュメントを見ながら、「僕は基本不機嫌なひとですから」と、いいながら、
渡された文章をみながら、
‥仂貎擁を設定し、
▲灰鵐討鮴擇
切り絵をつくり、
という感じでひとり、アニメ会社でした。
 文章からページ割をするのは、登場人物のキャラを膨らましたり、楽しかったんだけど、コンテの段階で絵は完成しているわけで、それからは職人のように、同じ登場人物をハサミで切って作ってました。
先日、この構成の方は何をされたのですか?って、矢口さんに聞いている方がいて、「キャラクターの目をかかれたのですか?」っと、聞いていて、いすからコケそうになりましたが、まあ、そんなもんです。

 切り紙ファンのかたからしたら、すこし切り紙が少ないので申し訳ないです。

 さて、まるでジブリ気分で、絵本をつくった僕ですがポニョ。のドキュメントを見ながら、つくっていたので、ポニョには、思い入れをもって映画館に足を運んだのですがよくわからん。っていうのが感想でしたが、DVDで、家でひとりで見たら、ちょっと泣きそうになりました。おそるべし、駿先生。かないませんね。いやあ、いいなあ、ポニョ。
「僕は基本、不機嫌な人ですから」
って、やっぱり、そういう人がつくるから、すばらしい。
Kiyoshi Matsui Exhibition


松井 清 個展 at コート・ギャラリー国立

〒186-0004 東京都国立市中1-8-32
tel 042-573-8282

http://www.courtgallery-k.com/    
2009年6月11日〔木〕〜6月16日〔火〕 
11:00〜18:00最終日16:00まで


「個展にむけて 」
 ここ何年も個展らしきものを開くこともなく、どとらかというと、こもって絵を描いていました。まあ、そういう時期なのかなあと思って。
で、僕は何を描きたいんだ?何を言いたいのか?と、言うと問いを繰り返していたわけだけど。
言いたいことがないわけです。
これには、困った。

 僕は、誰も居ない部屋にとても興味があって。部屋というものが人をあらわせばいいし、風景でも同じことで、人がいない風景によって人を感じればよいと思っていたのだけど、それは、楽な選択ではないかと思いだして。すこし、空間をつくることに逃げているなあっと思って。見る側に絵をゆだねているなあっと。うまくいけば、すごい深いところで共感できるのだけど。かなり、特異な空間を描けなければ、やはりむづかしいし、僕は、今はそこに興味をいだけなくなっていて。

 風景や部屋を描かないで、なんとか人物を描いてみよう、対峙しようと思ったのは、やはり、どれだけ人と向かい合えるかってことが大事なんじゃないかなあと実際の暮らしで思ったからです。人付き合いは真剣につきあえば、つきあうほど、人のよいところも嫌なところも見えてくるし、それは、とても面白いものだなっと思って。基本的にひとりで音楽を聴いて、映画を見て、うまいもん食っていたら幸せっていうインドアな人なので。あまり、人と分かち合うのは得意じゃないので。こつこつひとりでっというのが、どうやら癖のようなものなので。

 言いたいことはないけど、人物を描いてみよう。これが、絵を描く動機になってるのだと、このごろ思う。
では、どうして言いたいことがないのかというと、自分のことで、こうだ!みたいないいたいことってないのかもなあっと。

10代のころのいいたいことって、やっぱり、「君がすきだ」が原動力になると思うのだけど、いまいち今の僕にはそれがない。好きだという事より居心地のほうが大事。20代のころは、「僕はこんなことを考えてますよ!」って言う気持ちがあったのだけど、いまいちそれはない。そして、30代をむかえ、何を思っているかというと、何も言いたいことがない。
ありますよ、いろいろ。特に、戦争について、反対だけどこんなに込み入っていたらどうにもならないな。宗教問題しかり、教育問題しかり。いろいろ怒りはあるのだけど。解決策がまったく見つからないし、共に暮らしていくしかないのかなあと、戦争とも。嫌だけど。

 で、結局、言いたいことは何もないといいつつも、視点をかえて、では、どんな絵を見たいか?と思ったわけです。
それは、その作者の状況が描かれている絵が見たいなあ。っと。こんなに情報があふれている中、どんな情報にその人は心を動かされて、どんな関係をきづいているか?そんな展示が見たいと。別に何も言わなくても、その人と社会との関係が展示されていたらいいなあとおもったら、けっこう気持ちがぱあーっと開けて、そうだ、気になること、人を片っ端から描いていこうっと思ったのでとても楽になりました。

 気になる人物は、やはり駅など歩いていると倒れるように寝ている人たちがおもしろいなって。じつは、あまり幸せそうではないのかもしれないけど、寝顔は気持ちよさそうで。眠る人というのは、何かが引っかかって。で、そういう眠る人がいる反面、海辺で記念写真をとってる人たちも居るわけで、かたや、戦争をしている人もいるわけで、ひっくるめて描いてみようと。今回、人物と、その人物を補う風景を描きました。その絵たちがうまくお互い反応してくれるといいのだけど。

なので、今回の展示は並べるまでどうなることかよくわかりません。並べてもわからないかもしれないし、そこになにか意味が生じるかもしれないし、まだ絵はすべて完成していないのだけど、僕は僕の視点を描きたいというのが言いたいことだなあと。結局言いたいことがいっぱいあるわけです。1人称ではなく3人称の視点に大きく変化したのだなあということが結論です。
池田聡子展
2009.2.23(Mon)-2.28(Sat) 池田 聡子 個展  
 
 at gallery 58

http://www.gallery-58.com/

〒104−0061
東京都中央区銀座4-4-13 琉映ビル4F
Tel・Fax 03-3561-9177

12:00〜19:00(最終日17:00まで)
日曜休廊
東京メトロ銀座線・丸ノ内線・日比谷線
銀座駅 B1・B2・A10出口より徒歩1分

http://www.7seisaku.com/



同じ、アトリエの池田聡子の展示。お近くの方は是非。
かれこれ、共同アトリエも5年目?4月で6年目?
おなじ世代の人たちが身近で制作して発表しているのはとても刺激になるし僕もがんばろうと思います。ギャラリーって、なかなか馴れてなかったら入りづらいし、なんか絵のこと聞かれたらどきどきすると思いますが、大丈夫です。今でも、僕はどきどきしています。最近思うことは、ファインアートって、とてもインディペンデントな活動でなかなか一般の生活に入っていかないのかもしれないけど、アートって、とても個人的で自分の視点で見ていけばいいのでとても楽しいものなんじゃないかなあっと思います。美術館しか行ったことがない方、是非、ギャラリーに足を運んでください。間近で見れるし、ゆっくり楽しめます。僕は一人で見に行くのが好きです。集中できるから。でも、本当に、がつーーーーんと感動することができます。身近でこんな感動できるものはやっぱり、絵を見に行くことなんじゃないかなあと思います。何の話かよくわからなくなってきたけど、是非足を運んでくださいってことです。
JUGEMテーマ:アート・デザイン


矢口加奈子ワークショップ




告知です。
切り紙作家の矢口加奈子ワークショップ
切り紙の基本から、boxと風呂敷を作るらしいです。
個人的には風呂敷はたたきぞめができてお勧めです。興味のあるかたは参加してみてください。Boxのほうは、箱からつくって切り紙を張っていくようですが、和紙などを使って張るみたいです。家の中は切り紙だらけです。

矢口加奈子ワークショップのお知らせ


● 日時  10月25日(土) ・ 26日(日)
3:30〜 ( Boxの部 )
6:00〜 ( 風呂敷の部 )


● 場所  池袋 cafe ZOZOI 西池袋3-22-6 Tel : 03-5396-6676
           

● 参加費用  各¥5000- (税込 材料費・お茶代等すべて含みます。)
    * 作業終了後、1drinkとともに30分ほど歓談の時間を設けます!


● 内容  
3:30 〜 六角Boxを組立て自分色の和紙を貼っていきます。
      またご持参の箱をヨロコビノカタチ仕様にも。
      華を添える飾りの薄紙コサージュまで作ります!

6:00 〜 切り紙テキスタイルでマイ風呂敷!(今年は布を 5色 ご用意しました。)


● 定員  各回 12名 

詳しくは、
http://www.a-yarn.com/info/2008/09/2008-index-bc5c.html
加藤 崇 展


「加藤 崇」 展

2008年9月29日(月)〜10月4日(土)
11:00〜19:00(最終日は17:00まで)

ギャラリイK
〒104-0031
東京都中央区京橋3-9-7 京橋ポイントビル4F

http://homepage3.nifty.com/galleryk/

7制作所、メンバー 加藤 崇 個展 
まず、目を引くのはその人物の行う行為。いつも、僕にはできない作品ですごいなと思う。そして、今回、どんな見せ方をするのか楽しみです。
竹中 美幸 展



タケムの展示。見にいこーう。

7/28(月)〜8/2(土) at ガレリア・グラフィカbis
〒104-0061 東京都中央区銀座6-13-4銀座S2ビル1F
TEL 03-5550-1335 FAX 03-5550-1336
URL http://www.gg-bis.com